2009-11-21

New Leaders in Japan Seek to End Cozy Ties to Press Clubs - NYTimes.com

東京発のニューヨークタイムズ記事。この国の大手メディアが絶対に報じることのできない内容です。その理由は簡単で、大手メディア各社は「記者クラブ」制度という既得権益を守ろうと必死になっていて、そんな「醜い姿」をみずからの紙面やスクリーンの上にさらけ出そうなどとは、決して思わないからです。

亀井金融大臣は、同じ日に連続して記者会見を2回行っています。1つは従来通りの記者会見。大手メディアの記者だけが参加する金融庁記者クラブ向けです。もう1つは雑誌やインターネットのニュースサイトなどで活躍するフリーランスのジャーナリストや海外メディアの記者たちとの会見です。

どうして亀井大臣がこんな面倒なことをするかといえば、前者の「記者クラブ」が後者の「雑誌、フリーランス、海外メディア」の参入・同席を拒否したからです。会見の部屋さえ別にすることを要求したのです。

2つ目の会見の席上、亀井大臣は「日本のニュースメディアは閉鎖的だよ。記者クラブの連中は、自分たちだけが本物のジャーナリストだと思っている。連中は間違っているよ」と語り、2つの会見で対照的な姿勢を示すことを通して、記者クラブへの不満を表明しています。

On a recent morning, the contrast between the two news conferences was stark. At the first, for press club members, about 45 mostly male reporters in suits sat in rows of desks like students at a lecture, raising their hands to ask detailed questions about financial policy. Mr. Kamei, who sat on a podium in front of a blue-gray curtain, gave curt answers and even reprimanded reporters for their coverage.---1つ目の会見。記者クラブ向け。ほとんど男ばかりが45人ほど。学生が講義を受けているみたい。ハイと手をあげて質問する。ぶっきらぼうに応える亀井大臣。記事に関して叱りつけることもある。

The second was held immediately afterward in Mr. Kamei’s wood-paneled office, where he chatted at length and joked while lounging in a big leather chair. An assistant provided coffee to about 25 Japanese and foreign journalists, including several women and tie-less men, some carrying bicycle helmets. They circled around the minister to ask broad questions on issues from Japan’s aging society to postal reform to his clash with the establishment news media.---大臣室で行われる2つ目の会見。雑誌やフリーランス、外国人などさまざまなジャーナリストたち。ソファに寛いだ格好で冗談を飛ばしながら喋りまくる亀井大臣。取材記者たちにはコーヒーも提供される。日本人と外国人の記者たちが25人。女性、ノーネクタイ姿、自転車用ヘルメット。大臣への質問は高齢化問題から郵政改革、既成メディアとの衝突に至るまで多岐にわたる。
While the first news conference was held behind closed doors, the second was posted live on a Web site. To show his displeasure with having to hold two meetings, Mr. Kamei sometimes cuts the first news conference short to spend more time at the second.---1つの目の会見は非公開。2つ目の会見はウェブサイトでライブ映像が流される。亀井大臣は不満を示すために、しばしば1つ目の会見を早めに打ち切り、2つ目の会見に多くの時間を割いている。
新聞社やテレビ局、大手通信社の記者からなる記者クラブ構成員からすると、「報道・取材の自由」は手放してはならない排他的な既得権益でしかないのでしょう。それゆえに「報道・取材の自由は我らにのみあり」ということになってしまう。
残念なことに憲法が保障する表現の自由、報道の自由、取材の自由は、それこそ戦前、戦後を通じて一貫して「絵に描いた餅」でしかなかったようです。国内外からの批判の高まりにもかかわらず、既得権益と化した報道特権、取材特権は連綿と維持されてきました。

鳩山政権はメディアの特権を壊すことができるでしょうか。
記事に登場するフリーランスのジャーナリストである岩上安見さんは、ご自分のウェブサイトで次のように述べられています。なるほど、鳩山政権の「グラスノスチ」は「ベルリンの壁」を壊すほどの変革をもたらすか。そうした視点でこれからの変化を見つめていきたいですね。
この記者会見のあと、ニューヨークタイムス東京支局長のマーティン記者に声をかけられ、「大臣の記者会見が二度行われるという、この異常事態をどう思うか?」と、フリージャーナリストの私の立場からのコメントを求められた。前回は、東京新聞の記者の取材を受けた(11月7日(土)付朝刊に掲載)が、私の回答は基本的にはシンプルなものである。
記者クラブは、カルテルに他ならない。
どう美化する理屈をつけようと、大臣の発言という重要な情報を、独占的に占有しているカルテルである。彼らが記者会見を占有し、他のメディアやジャーナリストを排除することを、正当化できる理屈など、どこにもない。
マーティン支局長は、「なぜ記者会見が二回行われるのか? 異常ではないか?」と繰り返したずねたが、異常なのは、亀井大臣が記者会見を二回開いていることではない。記者クラブが、特権的・排他的に重要な政治情報を占有している状態、これこそが、世界中の先進国のどこにも例のない「異常事態」なのである。我々は「異常」を「異常」とも思わなくなるまでに、感覚も良識も鈍磨させられてしまっているのだ。
ゴルバチョフ政権下に始まったペレストロイカも、その手始めはグラスノスチ(情報公開)だった。旧弊を改めるのは、ことほど左様に難しい。記者クラブを牛耳る大手マスメディアは、官僚機構と並ぶ最大の抵抗勢力である。
鳩山内閣が始めた「情報公開」「透明化」という「革命的変革」は、ベルリンの壁を崩すほどの変化を、果たしてもたらしうるだろうか。 (更新日時: 09年11月11日 23:09)
[Web Iwakami - ニュースのトリセツ - 「記者クラブに入っている人たちだけがジャーナリストじゃないんです。彼らは思い上がったらいけません」~11月10日亀井大臣オープン記者会見3]

2009-11-20

BBC News - Google previews Chrome open source operating system

Google Chrome OS。オープンソースとしてコードが公開されました。2010年にはこのOS向けにチューニングされたデバイスが出てきます。楽しみです。
以下は開発責任者のコメントの一部。テレビのようにポンと立ち上がり、すぐにウェブにつながる。いいですねえ。大いに期待してます。

"There are no conventional desktop applications," said Mr Pichai. "That means you don't have to install or update software.
"It's just a browser; a browser with a few modifications."
Mr Pichai said the system was based around speed, simplicity and security.
He showed it booting up in seven seconds.
"We're working very, very, very hard to make that time shorter," he said. "We want Google Chrome OS to be blazingly fast."
He said they wanted it to be like a television, where a computer could be switched on and instantly running and connected to the web.


2009-11-16

Obama Says U.S. Seeks to Build Stronger Ties to China - NYTimes.com

先の土曜日(11/14)、オバマ大統領の東京サントリーホールでの演説をテレビで聴きました。颯爽とした立ち振る舞い、聴衆に手をふるときの笑顔が素敵です。
もちろん、大統領のスピーチの素晴らしさについては、いまさらいうまでもありません。英会話絡みの業界にとっては、この「東京演説」も格好の学習教材だといいます。尊敬する英語の先生によると、オバマさんのスピーチは声の質、抑揚、表現方法などを含めてまさに最高の教材なんだとか。「聴く人の魂に触れることば」とその先生はいっていました。

オバマ大統領に限らず、欧米の指導者は聴衆の心に響くスピーチを常に心がけているようです。そのため、スピーチのどこかに必ず個人的な経験や具体的な事例を盛り込みます。
オバマ大統領も「東京演説」の冒頭、子どものころに訪れた鎌倉の思い出に触れました。お母さんとともに仰ぎ見た鎌倉の大仏。大仏よりも「抹茶アイスクリーム」に気を取られる少年。懐かしく穏やかな子ども時代の思い出。誰もが似たような記憶を心の奥底にとどめていることでしょう。大きな笑いが会場を包みます。テレビの前の私もニヤリとしてしまいました。

“My own life is part of that story,” he said. “I am an American president who was born in Hawaii and lived in Indonesia as a boy. My sister Maya was born in Jakarta and later married a Chinese-Canadian. My mother spent nearly a decade working in the villages of Southeast Asia, helping women buy a sewing machine or an education that might give them a foothold in the world economy.”

“So,” he added, “the Pacific rim has helped shape my view of the world.” He even spoke of his first trip to Japan as a boy—“As a child, I was more focused on the matcha ice cream,” he said.

That drew laughs from the audience, which gave him a standing ovation both before and after his speech.
「共感」という感情は、常に一人一人の「小さな歴史」や「小さな経験」に基礎をおくようです。そのことを優れた指導者たちは知っています。その意味では、鳩山首相が臨時国会における施政方針で「選挙キャンペーン中で出会った人々」が訴える苦しみや願いに触れたというのは、なかなかに見事であるというべきかもしれません。鳩山さんの「日米対等」の方針は、スピーチのテクニックにおいても、ともあれ追求はされているようですね。

オバマ大統領の「東京演説」は、以下のページで聴くことができます。
President Obama Speaks in Japan - Video Library - The New York Times

2009-11-09

BBC NEWS | Asia-Pacific | Japanese protest against US base

米軍普天間基地の県内移設に反対する沖縄。宜野湾市での反対集会に21,000人もの人々が集まりました。
沖縄の人々の憤懣やるかたない思い。いまに至るまでずっと無視され、封殺されてきた希望。裏切られ続けてきた期待。絶望に駆動される形で沖縄ではこれまでも数万人規模の抗議集会がしばしば催されてきました。
沖縄の民主主義。いま、この国でデモや集会といった民主主義のための基本的なツールがそれなりに機能しているのは、ほとんど沖縄だけという状況があります。とはいえ、沖縄における民主主義の発現が期待や希望からではなく、圧倒的な絶望に根ざして機能しているあたりがとても悲しいことなんでしょうけれど・・・・・・。
普天間基地移設の問題に関して、この国のメディアの論調は「鳩山政権の揺れ」を厳しく弾劾する方向に流れているように感じます。

  • オバマ大統領来日の直前になっても、解決のめどが立っていない。
  • 閣内不一致の言動が混乱をもたらしている。
  • 日米関係に修復不可能な亀裂をもたらす。
  • 鳩山首相は無用な決断先延ばしをはかっている。
こうした論調は世論をミスリードしてしまう質の悪いものとしか思えません。戦後60年を経て、ようやく沖縄の思いに耳を傾けようという政権が誕生したのです。沖縄の思いに寄り添い、これまでの対米追従一辺倒を何とか変えようと苦闘する新政権に対して、背後から石を投げつけるような論調にどんな意味があるのでしょうか。
自民党の対米従属政策がどれほどの歪みをこの国にもたらしてきたか。沖縄はそのことを最も分かりやすく、最も悲惨な形で表象しているといえるでしょう。この国を変えることは、まずは沖縄の現実を直視することから始めなければならない。そう思います。

2009-11-07

BBC NEWS | Europe | Britons share £90m lottery prize

これって何の写真か? 「EuroMillions jackpot」という宝くじです。わが国の宝くじ売り場で販売されている「ロト」何とか(ロトシックスとか。何桁かの数字を当てるやつですね)と同じものでしょうね。ユーロ諸国で販売されていて、具体的にはイギリス, アイルランド、フランス、スペイン、ポルトガル、オーストリア、スイス、ベルギー、ルクセンブルグの各国。

金曜日に当選ナンバーが決まったそうです。19, 43, 45, 34, 11。よく分かりませんが、ラッキースターナンバーというのもあって、それが5あるいは9なんだそうです。
当たりくじは2枚。驚いちゃうのは1枚の賞金額、45,570,835.50ポンドにもなるんだそうです(現在のレートでおよそ68億700万円ほど)。いつもカネに困ってばかりで、うつむいて暮らしている身には気が遠くなりそうな額です。

しかしながら、上には上があるものです。スペインではこの5月、126,000,000ユーロ(現在のレートで168億2千万円)の当たりくじが出て、これが現在までのEUにおける最高金額なんだそうです。
イギリス国内では35,400,000ポンド(およそ52億9000万円)がこれまでの最高額。郵便局の労働者だったアンジェラ・ケリー(Angela Kelly)さんという方が、ズッポリと当てたそうです。2007年8月のことだそうです。すごいですねえ。

ところで、欧米では幸運を得た当選者の氏名や住所などを公表しますよね。よくニュースになっていますけれど、当選した人々の生活などの面で大丈夫なんでしょうかね。余計な心配かもしれませんが、大いなる幸運のその後のことも知りたくなってしまいますねえ。

2009-11-02

Female empowerment: How women are changing the face of Japanese politics | World news | guardian.co.uk

2009年8月30日、第45回総選挙投票日。この国のフツーの人々が半世紀を超える自民党支配に「もういいよ」と冷静かつ主体的に断を下した日。クールなニッポンが珍しく「変革への意志」を露わにした日。

8月30日に示された国民の変革の意志を最も分かりやすく象徴する存在が、われらのエリちゃんです。

「学ぶ意義が分からなくなった」と大学を休学し、3ヶ月あまり単身でフランスに旅行した。この旅行でパンに感動し、パン屋を開業の夢を抱き、帰国後は大学のある広島ではなく長崎のパン屋で「修行」をはじめた。

2001年(平成13年)4月、出生時の血液製剤クリスマシン投与によるC型肝炎ウイルスへの感染が判明。翌2002年(平成14年)に大学を中退し、インターフェロン治療を開始した。2004年(平成16年)4月に実名を公表し、薬害肝炎九州訴訟の原告となる。これ以後、講演活動の他、各種メディアに積極的に登場するなどし、精力的な活動を続けている。また、原告の一人として薬害肝炎救済特別措置法の成立にも大きく貢献した。 [福田衣里子 - Wikipedia]

ちょっとした偶然からなのか、それとも予定された宿命ゆえのことだったのか、ごくフツーの女の子が変革の時代を象徴する存在となる。明治維新を例に取るまでもなく、世の中が変わるとは具体的にいえば「世代交代」そのものであり、あるいはその準備を意味します。そして、最終的には若きリーダーの手による「御一新」をめざして進むものなのでしょう。

彼女をはじめとして全国津々浦々で、若き女性たちの戦いがありました。無能だけど大きなクマ、腐臭を放つ大森林、「南無妙法蓮華経」党の頭目、ころころとパトロンを替えてのし上ってきたエコ好きのママさん・・・・・・などなどといった「強力な敵」と戦い抜いてきた民主党の若い女性議員たち。メディアの文法に従えば、「小沢ガールズ」ということになるのでしょうが、記事の最後でエリちゃんも述べているように、彼女たちは「誰それのガールズ」なのではない。彼女たちは、いまこの国が必要としている大いなる変化の象徴であると同時に、記事が示唆するように彼女たちの存在そのものが、この国の未来を指し示しているのでしょうね。

2009-10-05

BBC NEWS | Japanese ex-minister found dead

中川昭一元財務相が逝去されました。お父さまも同じようなお歳でお亡くなりになった。とても悲しいことです。
以前、「こんなメモ」を書きなぐったことを思い出しました。あの「朦朧会見」は今年の2月のことだったんですね。もっと前のことかと思っていました。
あの会見あたりから、中川さんの内部で「何か」が起こっていたのかもしれません。それが精神的なものだったのか、肉体的なものだったのかは、いまとなっては分かりません。ただ、彼がその「何か」を宿したまま、心身ともに無理を重ねていたことだけは確かだと思います。
劣勢が伝えられた選挙戦。中川さんを蝕んだであろう「何か」が、苦闘する選挙戦を通じて急激に膨張していっただろうことは容易に想像できるところです。
そして、運命の日となった8月30日。「アンシャン・レジーム」の崩壊。1983年の初当選以来、四半世紀にわたって守り続けてきた十勝地方の議席を失い、「ただの人」となってしまった落胆や戸惑い……彼自身の内部で不気味に成長する「何か」に対する抵抗が、まさしく「無理」と化してしまった瞬間なのかもしれません。
開かれたままの「中川昭一 公式サイト」を覗くと、9月14日に書かれた「選挙が終わって ― 『十勝・日本が危ない』」と題された文章が掲載されていて、そのなかに次のような一文がありました。

選挙中、周りの人からは「あまり民主党を攻撃するな」と言われた。もちろん自分の主張はしたが、マスコミは既に我々の敗北が決まった様な報道をしているので、そうなれば「大変なことになる」と訴えざるを得なかった。「泣け」とか「土下座しろ」というアドバイスもあったが、私には出来なかった。 [衆議院議員 中川昭一 公式サイト : 中川昭一が語る]
この国の政治が大きく変わるとき、世襲政治家のひ弱さや無用なプライドが邪魔をしたのだ、と後世の政治学者や歴史家は冷酷に批評するのかもしれません。でも、すべては過ぎ去った過去と化してしまいました。父と子にわたって反復する悲劇。「中川昭一」という政治のゲームは幕を閉じたのです。中川昭一さんのご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

2009-07-22

BBC NEWS | Asia watches long solar eclipse


今日は皆既日食の日。札幌近辺は部分日食ということでしたが、お天気がね。空全体が暗い雲に被われていて、日食どころか陽射しそのものが薄ぼんやりした状態でした。夜になると、雷雨でしたもんね。
実をいうと、日食などにいささかの興味もなかったんです。でも、この記事を目にして少しばかり気持ちが変わりました。
というのも、今日のように6分39秒もの長時間にわたる皆既日食は非常に珍しく、科学的にたいへん貴重なんだそうです。今日と同じ規模の日食が起きるのは、何と数百年後なんだとか。知らなかった。
記事によれば、皆既日食が起きた地域の天気は、どこもぱっとしなかったみたいです。インドや中国でも、多くの地域が曇り空だったようです。北京に至ってはスモッグもひどかった。そういえば、昨年の「北京オリンピック」でも大気汚染が深刻に語られていたことを思い出しました。
日食という不可思議な現象を前にして、それでもなお「いささかの興味もなかった」などとほざくことができる裏には、いうまでもなく営々たる科学的知識の蓄積とそれに基づく科学的認識の普及があります。したがって、科学なき前近代にあって、皆既日食なる現象は何とも不可思議で恐ろしいものだったでしょうね。「短い夜」が魔法のように出現するんですから。
今日の日食においても、ネパールでは国中のすべての学校が休校となったとあります。インドでも、子どもの登校を見合わせた親がたくさんいたようです。
これもインドの話ですが、妊娠中の女性は皆既日食を避けて、室内でじっとしているという風習が残っているようです。迷信といえばそうなんでしょうが、摩訶不思議な現象がもたらす「邪気」からお腹の赤ちゃんをプロテクトしようと考えるのは、母親からすると当然のことです。その意味からすると、「日食の時に外出してはいけない」という「タブー」の起源には「母性愛」があるというべきかもしれません。
日食を仰ぎ見るアジア各地の人々の姿は、「BBC NEWS | In Pictures | In pictures: Solar eclipse over Asia」で眺めることができます。